産まれつき目が見えなかった。
両眼は、白く長い睫毛の生えた瞼で固く閉ざされている。
原因は分からなかった。
両親は、色の白い盲目の我が子を、大事に育てた。
髪の毛までまっ白な子供だった。

よく泣いた。
成長し、自我が芽生えるまでは、疲れ果てて眠るまで声をあげた。
気付いた時には、前世の記憶が有った。
赤い血が飛び交う光景、
とても残虐な物を脳裏に覚えている。
そして、決まって同じ人物が出てくる。
輿に乗った病気の友、麗しい賢人、大きな大きな神のような人。
そして……
大事な人に裏切られた。一番裏切って欲しくない人に、私の神を殺された。
私は前世で、もう見たくないと思った。
だから、今世では、罰として視力をとられたのかもしれない。

かと言って、産まれたこの世界を見たくない訳ではない。
あれから文明は随分進化して発展したようだ。
スマホだのテレビだのパソコンだの、頭では理解できない物を良く言われる。
何より、この街を国を見てみたい。

不便な生活で、兄が何かと世話をしてくれた。
快活な人だ。周りの話しでは、イケメンらしい。
服やら、身の回りの物はこれが似合うと言い選んでくれた。
これが美味しいから食べろと、食の細い私に勧める。
場所の案内やら、
何から何まで、助けてくれた。
そして、私の手を引き、色々な場所へ連れて行った。
ここからの眺めが良いだの、今の時間は空が綺麗だの、花が咲いているだの、
見えない私に、見える物の話しを饒舌に喋った。
言われても分からないから、連れて行かなくて良いと言っても、一緒に行きたいんだと言って聞かなかった。

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家族で旅行へ行った。
兄は夜に私を連れ出した。
両親は、止めなかった。
市営バスに乗って、山の上へ向かった。
「綺麗だ。」
夜景を見て、兄は呟く。いつものように、手を握られている。
「どう綺麗なんだ?」
標高が高いせいもあり、やたら寒い。
「そうだな。沢山の小さい光がキラキラしている。黄色や赤や青や緑やオレンジや…色んな色が眩しいくらいキラキラだ。」
「そうか。」
見てみたい。
「そうだ、光を結ぶとlove と見える場所が有るらしい。見つけると、カップルは永遠に結ばれるそうだ。」
兄はやたら、世俗的な話しが好きだ。揚々としている。
「そうか。次は彼女と来ると良い。」
バカバカしいと思いながら言った。
「今見つけたいんだ!」
「…。早く探せ。」
やたらと、今と言う。
ずっと考えていた。
兄は私に世話を焼きすぎて、私のせいで恋人を作れないのではないかと。
浮いた話の一つもない。
休日は私に構いっきりだ。

「今年高校を卒業だろう。大学へ行くのに、家を出たらどうだ?私は一人でも大丈夫だ。」
帰りのバスの中で兄へ話しかける。
幸い、家は裕福だ。
16年過ごした我が家は、盲目でも何も困らないまで慣れている。
「いや、お前と一緒に居たいから、家から通うよ。」
当然のように言う。
「動機が迷惑だから言っている。」
間髪おかずに言った。
「ひどいな。だってお前、目が見えないだろ。何かあったら心配なんだ。」
「何が有ると言うのだ?私を気にして世話を焼くのは、独りよがりの偽善ではないのか?」
雇えばヘルパーもいるのに、断っている。
「一緒居たいんだ。お前は、どれだけ世の中が危険か分かっていない。」
危険が分からないなどと、戦国の殺生の記憶の有る私に、よく言えたものだ。もっとも兄は知らないが。
「この先、兄弟が居なければ生きられないなどと、困るだろう。お前も私も。」
「何も困らない。ずっと一緒に居たい!」
大きな声のトーンに、乗客がこちらを向いた。
ヒソヒソと、白杖を持っている私の障害の事を囁いている。
「ずっと一緒に居なくていい。私はそんな事望まない。」
私は不機嫌に答えた。
それ以降、口をつぐんだ。
ホテルまで、無言で兄は私の手を引いた。
ギュッと力が入っているようだった。


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「家を出ろとか、居ない方がいいって本気で言ったのか?」
平穏な日常で、多忙な両親がまだ帰宅しない中、リビングのテーブルで二人で食事中に、兄は口を開いた。
「そうだ。」
あれ以来ギクシャクしていた兄に、いつ尋ねられるかと思っていた。
家を出た方がいい。当たり前だろう。
私などと言うお荷物が居れば、恋愛も結婚も出来ないではないか。
「一緒に居たいんだ。お前と居る時間が何より大切だ。」
返ってきた言葉に驚愕する。
どうして?なぜ?
「貴様、私を好きなのか?」
聞きたくなかった言葉が口から出ていた。眉間に皺が寄る。
「好きだ。ずっと前から。これからも他に好きな人なんて出来ない。」
家族愛では無く、love!?
血が繋がっていないのが救いか。いや、そうではない、大問題だ。
どんな顔をして言っているのだろう。
以前も、こんな馬鹿な事を言う狸が居た。
「澄んだ真っ直ぐな瞳が綺麗だと思った。」
持っていたスプーンがテーブルに落ちる。
頭で再生される思い出に、今まさに目の前で台詞がアフレコされているのだ。
「会えば会うほどに、気になって、目で追ってしまって、お前が他の誰かと居る時に好きだと気付いた。」
あの時と一言一句同じだ。
瞼の裏に映る黄色い人。
カタカタと身体が震えた。
「貴様…」
「三成」
目の前が徐々に強烈な光で真っ白になり、だんだん形と色を付けていく。
そこで、優しく笑っていたのは、家康だった。
「やっぱり、綺麗だ。」
澄んだ緑色の眼に家康が映る。
「う…ふざけ…るな。」
ゆっくり目を動かすと、写真立てに、笑う前世の大きな神と賢人の姿。二人共白い服を着て寄り添っている。
初めて見る世界。良く分からない黒い四角い板やら、何やら。
目の前でニコニコと、満面の笑みで笑う兄もとい、あいつ。
顔を近づけられるのを、グイッと手で反らせた。
言いたい事は山程あれど、考えるのを放棄した。

歯を磨いて、初めて見えている自分の部屋に初めて鍵をかけて、シルクの藤色のパジャマに着替え、黄色いベッドで眠りにつく。
何もかも、買い換えてやる。
いぇえやすぅうう!!