※家康仕事せいよ!は無視して下さい。
陽と陽の欲の続き



―Notice―



江戸城

帰りにくかった。
安芸に行って、己がした事を思い出す。
毛利と…。

恋愛感情なんか無い。
向こうも勿論無く、お互いに、身変わりだった。

毛利は元親の、
ワシは三成の…。

三成…。
両手で顔を覆う。
罪悪感が滲み、胸が痛い。
フラれまくって自分の片想いではあるが…。

好きで好きでしょうがない人が居るのに。

「殿?」

自室へ向かう途中で立ち止まる姿に、近くに居た家臣が心配して声をかける。

大丈夫だと自嘲して言い、足を進める廊下の先に、三成が通りかかった。

「みっ…」
三成!ただいま!
といつもなら喜々として声をかけるのだが、言葉に詰まった。
(大抵、物言わぬ目で見られ、立ち去られるが。)

三成は、怪訝な顔をして、一瞬足を止めたが、何も言わずに通り過ぎた。

あー!ワシ!!

何だか知らないが、自分にツッコミを入れる。


その夜、布団に入っても鬱々として、なかなか寝付けなかった。
(何故してしまったのだろう。)
顔を覆う。


朝の顔ぶれに、いつも通り三成も居る。
江戸城に来てから三成は、
豊臣政権時代の嬉々とした様子は無いが、本来の落ち着いた理知的な様子で働いている。
行政を司る彼に、誰も勝らず、反抗勢力も無くなった。
坦々と、ただ働くために生きているように見えてしまう。

綺麗な物を見せて、美味しいものを食べさせて、一緒に、この優しい世を色々巡りたい!のに…


三成はこちらを見る事はないが、自分も目をやりづらい。

事あるごとに、目を合わせないようにしていた。
今まで鬱陶しいくらいに見つめたり、話かけていたのに、明らかな変化だった。

暫く過ぎたある日、

「貴様」

「なんだ?」

廊下でたまたま会い、目を伏せて去ろうとした時に、後ろから声をかけられた。

あの、太閤を倒してからの戦以来、向こうから直接話しかけられるなんて何回目だろう?

「何が有った?」

眼光は益々鋭い。

「…」

「何もないが。」

嘘が嫌いな男に、
怒られるかなと思いつつ、お得意の笑顔を向ける。

「嘘をつくな。最近様子がおかしい。病でも患ったのか?」

「いいや、まさか。」
 
そんな風に見えていたなんてと、吃驚した。

「そうか、とうとう刑部の呪詛が効いたのかと思ったが…。ならば良い。」

おいおいおいおい!

「良くないじゃないか!」

思わず、突っ込みを入れてしまう。

「ああ。貴様はそれでも将軍なのだ。」

「ありがとう。100までは生きる。」

眉間に皺の寄る三成を見ながら、グッと構えてみる。

「秀吉様の分も生きろ。」

「三成もな。」

フワッと空気が優しくなった気がした。
普通に話せている。

「なあ、三成!ワシの部屋で話しをしないか?」

将軍・徳川家康は、『誘う』を繰り出した。

「…良いだろう。」

いいと言いながら睨んでいる。

家康は、この後、後悔する事になる。


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オレンジ色の蝋の明かりの灯った自室に入るなり、いきなり足を払われたので、体制を崩して、畳に転ぶ所だった。

何をするんだと見上げると、

三成は、翡翠色の瞳で、罪を抉るかのように見つめている。
(そう見えるだけかもしれないが。)

「フン。将軍が形無しだな。」

ワシはゆっくりと、体制をあぐらに変える。
三成に対して怒る気はない。

恋仲になりたいだなんて事は諦めている。
友として絆を結びなおしたい。

従者に酒を持って来て下がらせた。
まるで、あの頃のようだ。
大阪城で、一緒に月見をしながら飲んだ夜。

自然と、顔が障子の外へ向かう。
三成もそうしていて、外から差し込む月光に照らされていた。

「三成、江戸城に来て楽しいか?」

「楽しい筈がないだろう。」

常人なら逃げ出してしまうほどの 低いドスの効いた声。瘴気を纏い、一瞬眼を光らせる。

そうか…やはり、元親と四国に居た方がよいのだろうな。

「貴様、何を考えている?」

離れた場所へ座った三成が、自分の膝に置いた手で、着物をクシャッと握った。

「貴様の考えている事が益々分からん。」

怒っている。…だが、腹の中を話してくれるなんて、やはり、あの頃のようだな。

「四国に帰りたいのかと思ってな」
自然と自嘲気味に微笑んで言う。

「何故そう思う?」

「…元親も居るだろ。」

自分で言いながら、ピリッと胸が痛んだ。

「長曽我部は、新しい国の為に力を振るえと言った。」

「…ああ。」

ダンッと間合いを詰められ、黄色い着物の胸ぐらを掴まれた。

「それなのに、貴様はなんだ?私を遠ざけようというのか?」

いきなりで吃驚したが、自分の着物の胸元を掴んでいる手を引き剥がす。
相変わらずひんやりと冷たい。

「遠ざける筈がないだろう。この国には三成の内政力が必要だ。ほら、三成も飲め。」
                                                                                                                                                                                                                                    
ホッと息をついてから、爆弾に火をつけられる。

「安芸に行ってから、貴様の様子がおかしいので、そう思った。」

ビクッと、肩を揺らし、
装っていた重鎮さを、打ち崩される予感がした。
三成は、盃を空にして、言い放つ。

「貴様は私と目もろくに合わせん。私が何も思わないと思うのか?何故いつもそうなのだ!己の内心を出さず、嘘をついている事が楽しいか?」

静かだが、重い言い方だ。
三成がワシを気にしてくれているのは、嬉しいが、ワシが将軍だからで、太閤殿の残した世界を良くする為で、元親にも言われてるからじゃないか。
ワシは押し黙った。

「だから、言えと言っているだろう!!そこまで私を怒らせたいか?」

これ以上怒らせたら、何を言っても口を聞いてくれない状態になるかも知れない。前例を何人か見たが、それだけは嫌だ。
何故ワシの様子がおかしいのかを言わなければ、納得せんのだろう。
嘘がなにより嫌いな、この御仁に…。

家康は、観念した。  酒をぐっと煽る。

「毛利と寝たんだ。」

相手の反応を見ながら言うと、翡翠色の瞳が揺れた。

無垢な表情で、瞳がこちらを捉えるので、咄嗟に逸らし、
話しを続ける。

「ワシは、お前を好きだと何度も言ったが受け入れて貰えず、あまつさえ、敵対関係になり、戦を辞め、江戸城に来てからも、話しも聞いてくれないし!…元親の事ばかり聞くし。」

何故、取り繕っているのか分からないが、必死だった。
まるで、浮気を許してもらう旦那のように。

「だから…」

何を言っているんだろうと思い、言葉に詰まる。

「だから、何だ?」

ああ、どうでもいいよな、三成にとってこんな事…
「気まずかったんだ。」
伏せていた目を上げ、向き直ったら、斬首モーションの三成が居た。

足で腹を踏まれる。

余裕で跳ねのける事が出来るが、着物から覗く、白い脚を見つめていると(あくまでも、相手の様子を見るためだ)、間を置いて刃はゆっくり鞘に仕舞われ、足で蹴られて、ゴロっと畳を転がった。

「何故怒っているんだ?」
 
「貴様、絶対に許さない。長曽我部が毛利を好きだと知っていてやったのか!」

刀の鞘で差される。

「!?知らん!…」

瞬時に理解し、ヤバイヤバイヤバイと、家康の顔に浮かぶ。
酒気が一気に覚めて、青冷める。

「元親と三成は両想いだと、毛利も勘違いしている。てか、誰もが思っているぞ!」

あんなにベッタリしていたら、ワシもそうだと思って居たし、太閤を討ってワシの出る幕は無いし、毛利だって、四国襲撃の件も有るし、気づく筈ないだろう、あの毛利でも。。


三成は目頭を真っ赤にして怒っていたが、ポロッと、目尻から涙の粒がこぼれる。

「しっ、知らなかったから、ワシを元親の代わりに、自分は三成の代わりにしろと、そう言う事になって、よし!忠勝で伝えに行こう。大丈夫、元親と毛利なら上手くいく。絆だ。 」

目に見えてあたふたする。
三成は動かない。

「三成!ワシ元親に伝えてくるから、もう元親の為に泣くな。」

家康は、三成の顔をのぞき込む。

「泣く?私が泣いているなら、貴様の馬鹿さに呆れてだ!今すぐ私を抱け!毛利よりもいいと言え。二度と他の男に触るな!」


…え?




終われ