何も見たくなかったの続きです.




『しあわせがはじまる』


寝付きの悪い私は、睡眠薬を飲んで眠りにつく。
「三成ー、持ってきたぞ」
いつものように、ガチャりと戸を開け、兄が薬を飲むための水を持って来てくれる。
閉じられていた両眼を、ゆっくりと開けた。
「もう、私に気を使うな!」



兄は、元康と言う名だ。兄さんと呼んでいたのが、あの家康だったと分かったのは、つい最近の事だ。
17年間、見えなかった物が見えるようになり、大いに戸惑っている。
前世の記憶のおかげで、形を想像出来ていた物は沢山有ったが…。

両眼を開いた三成を見て、両親は驚いたが、三成もまた驚愕した。
秀吉様と半兵衛様が、苦笑されて居た。
開いた口を閉じ、即座に土下座をする。
「秀吉様、半兵衛様!家康の首を取れずに…」
家康が横で慌てている。
「ああ、大丈夫。よそうよ三成。今僕たちは家族なんだから。ね、秀吉。」
麗しさを増した賢人が笑う。

「うむ。三成、これからは仲良くいたせ。」
私の神がそう言うのだから、そうするしかあるまい。

今ではお二人の家族である家康が、微笑んでいた。

半兵衛様は、電子書籍が読めるからと、タブレットをくれた。
スマホを持たせられ、今まで見えなくて分からなかった物、出来なかった事の世界は、一気に広がった。

*

「三成、お前も同じ大学へ行こう!」

家康は、やつが選んだ私の部屋の、黄色いベッドカバーにのしかかり、しつこく誘う。

進学は、家康よりも、程度の低い大学へ行こうと思っていた。
そもそも、障害があっても行ける所が限られていた。

「なぜ貴様と同じ所へ行かねばならない?」

「一緒に通えるだろ。一緒に住めばお金が浮くし。」
一緒に住む?
チラッと、家康を見上げる。

もう助けてくれなくて良いと言おうとしたが、言葉を飲み込んだ。

こいつはいつもこんな顔をして私に話しかけていたのか?
不安そうな笑顔。
凝視する。
前世と重なってしまう。
脳裏に有って、何度も何度も出て来る顔。

「あとな、大学の教授に、大谷吉継先生が居るんだ。」

「!!刑部が?何故それを早く言わない。」
確実にそこへ行く。

決まりだな、ずっと一緒だと、家康は嬉しそうに微笑む。
刑部に会えるのが嬉しくて、顔が綻んでいた。

「三成…」



「近づくな!変な事をしたら殺す!」

今までは、健常者じゃないので助けて貰っていた。
優しい兄だと思って居た。
だがもう信用しない!
こいつは家康なのだから!

声も仕草も、顔も瞳も全てが家康のままで腹が立つ。

合っていた瞳の距離が近くなり、唇を重ねられていた。

「やめろ!」

ろくに抵抗する力が無い。
早く筋力を付けなければ!

家康!家康、家康、家康、家康!
ジタバタと抵抗するのを抑えつけられる。

「三成だ!」

何だそれは?抵抗したら私なのか?
瞳に私が映っている。
その姿はだんだん潤んでいく。

その様子を見ていると、再び唇が重なる。
抵抗出来ない。
家康はそれは嬉しそうに微笑み、私を抱きしめる。

今まで散々、家康だと分からない私の面倒を見て、連れまわして、優しい兄で居てくれた。
ほだされてしまう。


「三成ー」

半兵衛様が呼んでいる!
私は、家康にひじ打ちを喰らわせて、のしかかる身体をどけた。

危ない危ない!

「調子に乗るな「兄さん」。」
あえてそう呼ぶと、家康はヘナヘナと、ベッドに沈み込み、恨めしそうにこちらを見る。

「三成!どんな思いでワシが今までお前を…そして、今がどんなに嬉しいか、お前は」
「うるさい!これからはずっと一緒なのだろう。今度は絶対に裏切るな。」
言葉を途中で遮る。

よく見える双眼で、私は、半兵衛様のもとへ急いだ。

顔が上気する。

家康もまた、赤い顔を。黄色いベットカバーに押し付けていた。